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大阪地方裁判所 昭和57年(ヨ)2931号 決定 1983年2月10日

申請人

定塚卓三

砂川昭三郎

高橋幸男

右申請人ら三名代理人弁護士

小林保夫

(ほか二名)

被申請人

大阪相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役

多田清

右代理人弁護士

宮崎乾郎

(ほか七名)

主文

1  被申請人は、申請人定塚に対し、金一四一万八三八〇円を、同砂川に対し、金一〇三万九八六〇円を、同高橋に対し、金九六万四七二〇円を、各仮に支払え。

2  申請人らのその余の申請を却下する。

3  申請費用は、被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請人ら

1  被申請人は、申請人定塚に対し、金一四七万五二九一円を、同砂川に対し、金一二一万六三八六円を、同高橋に対し、金一二三万四二一四円を、各仮に支払え。

2  申請費用は、被申請人の負担とする。

二  被申請人

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は、申請人らの負担とする。

第二当事者の主張の要点

一  申請人ら

1  被申請人(以下、会社という。)は、タクシー営業を目的とし、運転手約七五〇名、管理職約一〇〇名を擁する株式会社である。

申請人定塚は、昭和五二年一一月、同砂川は、同四七年、同高橋は、同五二年九月にそれぞれ運転手として会社に入社し、以来、次項掲記の本件処分があるまで本務運転手として運転業務に従事していたものである。

2  会社は、申請人定塚に対し、同五七年六月一一日付で、同砂川、同高橋に対し、同月一八日付で乗務勤務を変更し、車庫勤務等を命ずる旨の懲戒処分を行ない(以下、下車勤処分という。)、更に、右三名に対し、同月二六日付(同年七月一日実施)で代務運転者に降等する旨の懲戒処分(以下、降等処分という。)を各行なった(以下、下車勤処分及び降等処分を一括して本件処分という。)。

3  本件処分は無効である。

会社は、本件処分の理由として、申請人らが、会社の省エネ小型経営に反対回答又は反対の行動を行なったこと、会社の小型経営に反対する言動を改めないことをあげている。

しかし、反対回答といっても、申請人らは会社から半ば強制的に小型経営に対する意見を求められ、やむなく自らの考えていることを書いただけであり、更に又、反対の行動と言っても、申請人高橋が、同定塚が軟禁されているのに抗議しただけのことである。

本来懲戒処分とは、経営秩序の維持形成にとって必要最少限度の範囲でなければならず客観的妥当性を具備しなければならない。申請人らは、運転手としての職種を定めて雇用されたのであり、これによって提供すべき労務の種類は特定されている。

従って、本件処分のように、全く異種の労務である車庫勤務や賃金が大巾にダウンする代務勤務を一方的に命じることは正当な理由のない限り許されない。

従って、例えば、申請人らが、実力で会社の業務を妨害したなどと言うのならともかく、本件の如く、単に会社の経営方針に反対の意見を表明した(それも自らすすんで表明したというものではなく、半ば強制的に表明させられた)というだけで行なった懲戒処分は、その理由がなく明らかに懲戒権の濫用である。

二  被申請人

申請人らの主張1、2の事実は認める。本件処分は有効である。

1  申請人ら(共通)の懲戒事由

申請人らは、出庫直後、喫茶店等において、職務放棄をしてはならない旨の業務命令に、次のとおり、違反した。

中華料理店「太一」の二階

昭和五七年四月二二日(木)午後四時から同五時二〇分ころ

同月三〇日(金)、同年五月八日(土)右同じ時間帯

同年五月一三日(木)午後四時から同五時三〇分ころ

喫茶店「ピラミッド」

同年四月二三日(金)、同年五月一日(土)右同じ時間帯

同年五月二一日(金)午後四時から同六時ころ

同月二七日(木)、同年六月三日(木)午後四時から同五時二〇分ころ

2  申請人定塚の懲戒事由

(一) 同申請人は、昭和五七年五月一九日午前四時ころ、納金の際他の運転手らに対し、省エネ小型経営に反対してはならない旨の業務命令を無視し、省エネ小型経営反対を大声で喚きちらしていた。

(二) 同申請人は、同年六月八日の午前三時半ころの納金時に、藤森課長より省エネ小型経営について賛成を求める意見書を、退勤時までに提出せよとの業務命令を受けたにもかかわらず、右業務命令を無視し、意見書の提出を拒否した。

(三) 同申請人は、同高橋、同砂川と、同日、運輸一部五課ガレージ内で東出課長が、同課の西本嘉宣運転手より省エネ小型経営賛成の意見書の提出を求めているのを見て、右西本が賛成の意見書を書き始めている最中、右西本に対して意見書を書くなとの妨害行為を行い、右西本に賛成の意見書を提出させなかった。

(四) 同申請人は、同日午後四時ころ、出勤してきた際、藤森課長より改めて省エネ小型経営に賛成の意見書を提出せよとの業務命令を受けたにもかかわらず、これを無視し同日省エネ小型経営に反対する旨の意見書を提出した。

(五) 同申請人は、同年六月二二日省エネ小型経営反対の言動を反省し、二度と繰り返さない旨の誓約書を提出せよとの業務命令を受けたにもかかわらず、これを拒否した。

3  申請人砂川の懲戒事由

(一) 同申請人は、六月八日の午前三時四〇分ころ、自己の所属課である運輸一部三課の車庫に入庫した際、今東次長より省エネ小型経営について賛成を求める意見書を退勤時までに提出せよとの業務命令を受けたにもかかわらず、右業務命令を無視し、意見書の提出を拒否した。

(二) 同申請人は、同日午後三時三〇分ころ出勤してきた際、省エネ小型経営に反対する旨の意見書を提出した。

(三) 会社は、六月二二日、同申請人に対し、省エネ小型経営反対の言動を悔い改めることを期待し、今後、会社の省エネ小型経営に反対の言動をとらない旨の誓約書を提出せよとの業務命令をなしたが、同申請人は、これを拒否した。

4  申請人高橋の懲戒事由

(一) 同申請人は、六月八日の午前三時半ころ納金時、石井次長から省エネ小型経営について賛成を求める意見書を退勤時までに提出せよとの業務命令を受けたにもかかわらず右業務命令を無視し、意見書の提出を拒否した。

(二) 同申請人は、同日午前四時ころに、同定塚と、運輸一部五課ガレージ内で東出課長が同課西本嘉宣より省エネ小型経営に対する賛成の意見書の提出を求め、西本が賛成意見書を書き始めているのに、西本に対して意見書を書くなと言語道断の妨害行為をなし、西本に意見書の提出をさせなかった。

(三) 会社は、六月二二日、同申請人に対し、省エネ小型経営反対の言動を悔い改めることを期待し、今後省エネ小型経営に反対の言動をとらない旨の誓約書を提出せよとの業務命令をなしたが、同申請人はこれを拒否した。

5  右は、就業規則第七六条二号、三号に該当するので、申請人らに対し、同規則第七四条八項を適用して本件処分をなしたものである。

第三当裁判所の判断

一  当事者に争いがないか、又は、疎明資料によって一応認められる事実は次のとおりである。

1  当事者、勤務関係、本件処分は当事者間に争いがない。

2  就業規則中、本件処分に関連する部分の記載は左記のとおりである。

(記)

第七六条 左の各号の一に該当する者は懲戒解雇又は勧告に依る引責辞職をなさしめる。但し、反則の軽微な者又は平素精励善良な者は罰則を酌量する。

一  略、四以下 略

二  上長の職務上に基く指示命令に服せず之に反抗し若しくは暴言を吐き或は暴行したる者。

三  会社又は上司に損害を与える目的を以って様々な行動をする者

第七四条 罰則は次の一〇種とし、其の軽重は概ね記載の順序とする。

一ないし七 略

八 職階の降等又は職種の変更をなす。

九、一〇 略

3 本件処分に至る経緯は、概要、次のとおりである。

(一)  会社は、省エネ小型経営を最重要の経営方針としているところ、全国自動車交通労働組合大阪地方連合会(以下、自交総連という。)系労働組合は、これに反対している。

(二)  申請人定塚は、当時、会社他の相互タクシーグループの運転手で組織されている総評全自交大阪地連傘下の全相互タクシー労働組合の下部機構である全相互タクシー労働組合大阪支部(以下、組合という。)の執行委員であったが、会社の省エネ小型経営方針に反対の意見をもっていたため、組合の執行委員会等において、右のような自己の意見を陳述したことがあった。

(三)  このようなさなか、会社は、某業界紙記者から、会社の運転手の中に省エネ小型経営方針に反対の立場をとっている自交総連系の組合役員と一緒になって省エネ小型経営方針反対の活動をしている者がいるとの情報を得た。

(四)  会社は、省エネ小型経営方針について、運転手間の意見をまとめる必要があると考え、これに反対の意見を有すると目される運転手二〇数名に対し、昭和五七年六月七日、八日の納金時に、貴殿は、我が相互タクシーの重大経営方針である省エネ小型運賃経営について、今後賛成して社業に協力されるのか、或いは反対なのか、意見を伺いたいので本日の納金時に際し答えて下さいとの記載のある書面を見せて、省エネ小型経営方針に賛成か反対かの意見書の提出を求めることとした。

(申請人定塚について)

(一)  会社の藤森課長は、六月七日の勤務終了時である八日午前四時ころ、同申請人に対し、会社の省エネ小型経営方針に賛成か反対かの意見を求め、更に意見書の提出を求めた。同申請人は、同課長に対し、組合があることだし、自分も組合幹部の一員として、この場ですぐには個人的な意見は言えないし、文章にはできない、組合で意見調整すると告げて右求めを拒み、就業時間の終了を理由に事務所を出た。

(二)  右問題は、同申請人らにより、間もなく組合役員間でも議論されることとなり、組合は、同日付の急告と題する支部執行委員長名の書面を発し、組合員に対し、会社側から提示された小型車に対する賛成又は反対の意見書は、組合に対し何等の事前の話し合いもなく、趣旨不明なので、同日中に会社と話し合いを行なって報告するまで誓約書を提出しないよう求めた。

(三)  そして、同日午後二時から開かれた組合の緊急支部執行委員会では、意見書を書くくらいなら良いのではないか、もし意見書を書いたことで後日問題が起きたら、その時は組合としても断固抗議するとの意見となったので、同申請人は、同日午後三時ころ、会社に対し、後記のような内容の意見書を提出した。(記)六月八日朝、会社重大経営方針である省エネ小型運賃経営についての意見を求められたのに対して基本的には反対ですが、小型運賃経営での我々労働者への利益配分の明確化、並びにメリットを利益分配制度の中で明文化されたい。又、現在顧客の中にも中型指名をかかさない方、接待用に中型車の確保を望んでおられる方が多々ありますので調査の上、中型車の存続を認めていただきたく思います。

併せて、人間にも個人差があり、体型的に小型車に乗れない人もあると思いますので、この点においても留意願いたく思います。個人的には、五五年車、大五五え四二五五号車は現在走行距離約一三万六〇〇〇キロメートル走ったところです。会社の精神である労資利益分配制に関し、今後その恩典を最大限に受け、協定にある三三万キロメートルまで走行させていただきます。昭和五七年六月八日、右定塚卓三、社長多田清殿

(四)  六月一一日午後四時ころ、同申請人が会社に出勤すると、藤森課長から、ちょっと話があるからこっちへ来てくれと言われ、休憩室の一角にある畳の部屋まで連れていかれた。そこには江森部長や今東次長ら数人が待っており、同申請人が、何の話でっかと言うと、江森部長が、君は今日から下車勤をしてもらう二週間や、理由は就業規則に違反したからやと言った。同申請人が、自分は就業規則に違反などしていない旨反論すると江森部長は、同申請人が提出した前記意見書のコピーをとり出しながら、君はここに書いてあるとおり、会社の経営方針に反対となっている、だから反省の意味を入れて下車勤としたんやと言った。同申請人が、会社の言い分が不当であり、処分は受けられない、今日は帰らせてもらうと言って部屋を出ようとしたが、管理職らによって部屋の中に押し戻された。更に、同申請人が、窓から飛び下りて逃げようとし、大声で、誰か助けてくれと叫んだが、再び部屋の中に連れ戻された。同申請人は、その後一時間半くらい、その状態のまま会社管理職と押し問答を繰り返したが、何とかしなければこの場所から出られないと考え、会社の下車勤処分命令書に署名押印し、当日から下車勤としての作業に従事した。

(五)  六月一四日夕刻、今東次長、江森部長は、同申請人に対し、少しは頭も冷えただろう、考えが変わってきたのなら便箋にでもいいから書いて提出してくれ等と言った。

(六)  会社は、六月一七日、社長名をもって、会社の重大な省エネ小型運賃経営に反対した運転者の処分についてと題する告示を掲示し、同申請人らに対し、同月一一日付で、就業規則第七四条八項の規定により、乗車勤務を変更し、車庫又は工場勤務を命じた旨を明らかにした。なお告示によれば、変更期間は二週間、当人の勤務状況により期間を延長するとの記載がある。又、右告示の、趣旨と題する部分には、次の記載がある。即ち、会社に就職して報酬を受ける従業員は、すべて会社の就業規則を守り、上司の職責による指示監督に従い、業務に関し誠実でなければならないのに、みだしの省エネ小型経営に就いて、各課に反対の疑いのある二〇名の運転者について質したところ、会社の省エネ小型経営に賛成して協力していると回答したもの一六名に対し、四名が反対回答又は反対の行動を行なったので、会社は今後の事業経営を完うするため…中略…次の如く処分した。

(七)  六月二二日、江森部長、今東次長、藤森課長は、同申請人に対し、会社の省エネ小型経営方針に反対しない旨の誓約書の提出を求め、もし提出できなければその旨の理由書を提出するよう求めたので、同申請人は既に提出済みの意見書と同じ考えである旨の理由書を提出した。

(八)  会社は、六月二六日、社長名で、会社の省エネ小型経営方針に反対する三本務の代務降等に関する件と題する告示を掲示し、同申請人ら外二名(いずれも本件仮処分申請人)を、同年七月一日付で、相当の期間、代務運転者に降等する処分をする旨明らかにした。右告示の冒頭部分には次のような記載がある。即ち、みだしの問題で、会社の経営方針に反対の意思表示をし、反対の言動を行なっている。これに関し、高橋、定塚、砂川本務について、一週間~二週間の勤務変更(車庫勤)期間が経過したが依然として会社の小型経営に反対する言動を改めないのであるが、このまま下車勤を続けると生活上の影響も酷(ママ)しいので、就業規則第七四条八項の規定により代務運転者に降等する。

(申請人砂川について)

(一)  昭和五七年六月八日午前三時過ぎ同申請人が、入庫後、車をガレージ内に入れて日報を整理していた時、今東次長が助手席に坐り込んで来て、会社の小型経営方針に賛成か反対かの意見書を提出するよう求めた。同申請人は、判断に迷い、もう少し考えさせて下さいと述べて、その場は意見書の提出を拒否し、帰宅した。

(二)  今東次長は、同日午前一一時ころ、就寝していた藤森課長を起こし、同人に対し、同申請人のところに行って意見書を提出させること、もし提出しなければ会社に連れて来ることを命じた。

(三)  藤森課長は、右指示に従って、同日の正午前、同申請人方に赴いたが、同申請人が夜勤のため睡眠中だったので起こし、会社に早く来て意見書を提出するよう、同課長が、上司から喧しく言われている旨告げたが、同申請人は応じなかった。

(四)  同申請人が、午後会社に出勤したところ、会社の管理職が一〇名位で同申請人をとり囲み、休憩室で意見書を書けと言って、同申請人を無理に休憩室へ入れようとした。

(五)  同申請人は、これを辛うじて拒否し、申請人定塚らと共に、対策について、組合の緊急支部執行委員会で議論することにした。

(六)  前記申請人定塚の項(二)で一応認定したような右執行委員会の了解に基づき申請人砂川は、休憩室において、会社の省エネ小型経営方針に反対する旨の意見書を書き、会社に提出した。

(七)  六月一六日、同申請人は、入庫後、今東次長外管理職三名位にとり囲まれ、会社の省エネ小型経営方針に反対した右意見書の意見を改め反省文を書けと言われ、会社の事務室内の客室において、同次長から、会社の示した文書どおりに書けば処分は有り得ない、君の損になるような事は一切しないと言われ、書くまでは帰宅できないと考えて、言われるまま、後記のような反省文を書いた。(記)私は、今回、会社が行なった「小型運賃経営」に反対の言動は一切致しません。又、会社側から示されている就業規則等を尊重し上司にさからわない事を誓うと共に業務に励み水揚げに努力する事と乗客サービスに勤める事を確約します。

(八)  会社は、六月一七日、前記申請人定塚の項(六)で一応認定したような記載のある告示を掲示し、申請人砂川らに対し、六月一八日付をもって、就業規則第七四条八項の規定により、乗車勤務を変更し、車庫勤務を命じた。尚、変更期間一週間とされている。藤森課長は、同日午後三時四五分ころ、出勤して来た同申請人に対し、右処分を告げた。

(九)  その後、同申請人は、ガレージのペンキ塗り、清掃等の作業に従事した。

(一〇)  六月二五日、江森部長は、同申請人に対し、よその会社に行ったらどうや、辞めるんか、誓約書を書けば今の車で明日から仕事をさせてやる等と言った。

(一一)  会社は、六月二六日、申請人定塚の項(八)で一応認定したような告示を掲示し、申請人砂川に対し、就業規則第七四条八項の規定により、同申請人らを相当の期間代務運転者に降等する旨の処分をしたことを明らかにした。

(申請人高橋について)

(一)  同申請人は、昭和五七年六月八日の入庫納金時である午前三時五〇分ころ、石井次長から、会社の重大経営方針である省エネ小型運賃経営に対し協力するか、又は反対なのか、誓約書にして提出しろと言われたので、同申請人がその意味を質問したところ、同次長は、自分にもよくわからんと述べたが、くり返し同様に誓約書を書くよう求めた。同申請人は、今、人と待ち合わせの約束をしているので、意見についての誓約を必要とするならば、今日午後出勤した時に書くべきものは書きますのでその時にして下さいと告げて、同次長の了解を得て退出した。

(二)  同申請人が、同日午前五時三〇分ころ、会社のガレージ内で組合の北村支部長と山田支部書記長に会った際、同人らに対し、会社が誓約書を書けと言って来ていると述べたところ、両名は、そんなもの書く必要など全くないと言い、これから組合で臨時執行委員会を開き、この問題を検討すると述べたので帰宅した。

(三)  同申請人が帰宅して就寝中である同日午前一一時三〇分ころ、会社から石井次長、村上課長の二名が、同申請人方に赴き、同申請人に対し、今朝のことだが、例の小型経営について、会社では誓約書を書けと命令を出したが、その後意見書ということに変更されたので、今すぐ書いてくれ、これは社長の命令だ、今この場で書いてもらわないとわしが困る、何も深く考えることはない、今がチャンスだから会社に対して考えがあればどんなことでも書いたらどうだ、それによって会社が処分等をしないから忌憚のない意見を書いたらどうだ等と告げたが、同申請人は、業務上の事は、会社に出勤してから書いて提出するのでその時にして下さいと述べた。同様のやりとりが午後二時三〇分ころまで続いた。

(四)  その後、同申請人は、石井次長らの求めにより、会社のサービスカーで同次長らとともに会社に行った。同申請人が、組合事務所に入ろうとしたところ、待っていた宇田川部長によって、休憩室の奥にある畳の部屋に入れられた。同所において、宇田川部長、石井次長外数名の管理職が、交替で、同申請人に対し、賛成の意見書を提出するように求めたが、同申請人が寝不足で疲れていたため、宇田川部長が、わしが下書きをしてやるからと言って自ら下書きをして、これに君なりに少し肉付けをして書いたらええと述べた。同申請人は、下書きの文章に余り抵抗がないと感じ、殆んど同文の賛成する旨の意見書を書き提出した。右意見書の内容は、概ね後記のとおりである。(記)会社の重大経営方針である省エネ小型車経営について、私は賛成し協力致しますが、私は身長が一メートル七八・五センチメートル程あり、新型・旧型の小型車に試乗させてもらったが、体型的に業務として乗務するのに無理であり、私自身小型車に乗務できないのが残念に思っております。しかし、以後(ママ)からも会社の省エネ小型経営について賛成協力致します。

(五)  会社は、六月一七日、前記申請人定塚の項(六)で一応認定したような記載のある告示を掲示し、申請人高橋らに対し、六月一八日付をもって就業規則第七四条八項の規定により、当分の間、乗車勤務を変更し、車庫又は工場勤務を命じた旨明らかにした。同申請人が、同日午後三時四〇分ころ会社に出勤したところ、宇田川部長が、同人に対し、君は翌一八日から当分の間下車勤処分の指示が出た旨告げた。そして、同申請人が、その内容を聞くと、同部長は、君は六月一一日の夕方のこと(申請人定塚の項(四)で一応認定した事実)があったやろ、その事で会社に対して批判的だから今回の処分になったと説明した。

(六)  同申請人は、六月一八日以降は、下車勤務に従事した。

(七)  会社は、六月二六日、申請人定塚の項(八)で一応認定したような告示を掲示し、申請人高橋らに対し、七月一日付をもって、相当の期間、代務運転者に降等する旨の処分をすることを明らかにした。宇田川部長は、同日の退社時である午後五時ころ、同申請人に対し、会社の指示変更による処分の発表が掲示されていると告げ、その説明をして代務として乗車するよう勧めた。

(八)  同申請人は、六月二八日、宇田川部長に対し、口頭で、七月一日からの代務への降等処分の撤回等を求めたが、同部長はこれを拒否し、同申請人に対し、君達は会社に処分されたのではないんやで、恨むんやったら組合を恨みや、わしらも組合から給与をもらいたいくらいや、まあ、悪い事いわへん、会社の指示通り代務で七月一日から車に乗った方が得やで、まあ、考えて返事してくれなどと言った。

(申請人ら共通)

申請人ら三名は、七月一日午前八時ころに出勤し、会社の四部長と本件処分の撤回等について色々と話し合ったが、会社側は代務として乗車しなければ欠勤であると言い、申請人らの本務運転手としての労務の提供を拒んだ。

4 申請人定塚は、これに先立ち、下車勤処分の後である六月二〇日、同処分問題について、自交総連の東地区協議会事務局に相談を求めたところ、同事務局は、六月二二日、二三日の二日間、会社社屋の前で、下車勤処分に反対する旨の宣伝活動を行なった。その後、会社の運転手の中から同事務局に相談を求める者があり、七月二五日を期して労働組合を結成するよう指導した。

5 申請人らは、七月一五日、本件処分を不服とし、本務運転手としての地位の仮の取扱いと、本件処分期間中の未払賃金の仮の支払いを求めて当裁判所に本件仮処分申請をなした。

6 申請人らは、七月二七日、申請人定塚を執行委員長とし、同砂川、同高橋を執行委員に加える、全自交大阪相互タクシー労働組合を結成し、その旨会社に対し書面通告し、同時に、中型車存続の件、小型に依け(ママ)る諸問題等を要求事項として、団体交渉の申入れを行なった。会社は、全相互タクシー労働組合との間に締結した協定中の一社一組合の条項に基き右団交申入れを拒否している。

7 藤森課長は、昭和四六年三月、会社に入社したものであるが、会社の本件処分等運転手に対する態度を嫌悪し、八月九日、会社に退職届を出し、会社はこれを受領した。

8 会社は、一〇月二一日付をもって、相当の期間が経過したとして、申請人らに対する代務降等処分を解除し、同日から本務運転手として誠実に勤務するよう命じた。

二  以上の事実に基き争点について判断する。

(被保全権利の存否)

1 まず、申請人らが、昭和五七年四月から六月にかけて喫茶店等において職務放棄をしてはならない旨の業務命令に違反したとの点であるが、会社の主張中には、何時、どこで、誰が、誰に対して、右のような業務命令を発したか具体的な主張がなく、全疎明資料を精査しても、何ら、そのような業務命令が存在したことは窺い得ない。

そして、主張の日時・場所において申請人らが就労を放棄して自交総連系組合の役員と会っていたとの事実が存在するか否かも疑わしい。

又、疎明資料によれば、会社は労資の利益分配制度を採用していることが一応認められるが、右によれば、会社が本務運転手に労働契約上の義務として関心を有すべきものは、単なる就労時間ではなく、右制度を適用し得る程度の水揚げを個々の運転手が確保しているかどうかである。疎明資料によれば、出庫後、運転手が喫茶店等で軽食を採って休憩してから仕事に出かけることは殆んどの運転手に見られる普通の事態であったことが窺われるが、このことも右の理と符合する。そして、疎明資料によれば、申請人らは、会社主張の期間、労資利益分配制に基く利益分配金を受領し得る程度の水揚げは確保していたことが一応窺われ、これらの事情を考慮すると、会社が主張の事実を懲戒事由となすことは相当でもない。

2 会社の挙げる懲戒事由のうち、存否自体疑わしいものは、左のとおりである。

即ち、申請人定塚が、五月一九日、省エネ小型経営反対を大声で喚いていたこと、同申請人、同高橋が、西本に対し、省エネ小型経営賛成の意見書を書くなと妨害したこと、同砂川、同高橋が六月二二日、会社の省エネ小型経営反対の言動をとらない旨の誓約書を提出せよとの業務命令を拒否したこと。西本は、誓約書を書き始めていたところ、組合の北村支部長がやって来て、誓約書を書かずに帰宅するよう述べたので、これに従ったことが窺われ、同砂川は、六月一六日に、前記同申請人の項(七)で一応認定したように、反省文を書いて提出している。

3 又、会社は、申請人らが、六月八日、退勤時までに、省エネ小型経営に賛成の意見書を提出せよとの業務命令を無視し、後刻これに反対する旨の意見書を提出した(申請人高橋を除く。)こと及び申請人定塚が、六月二二日、省エネ小型経営反対の言動を反省し二度と繰り返さない旨の誓約書を提出せよとの業務命令を拒否したことが懲戒事由に該ると主張している。

ところで、疎明資料によれば、会社は、労資利益分配制を創業の精神としており、本務運転手は専属車を使用することができ、車輛の償却が終了した後は、償却控除なしで残存走行距離を走行できる筈のものであるが、小型車に乗り替える場合、このメリットが失われる虞れがあり、小型車は乗車運賃が中型車に比し安いため、同程度の水揚げを得るためには、二時間程度の勤務時間の延長が必要なこと(その結果、省エネルギーの実は、必ずしも顕著ではない旨の批判がある。)、小型車は、体の大きい者には、業務として長時間勤務には適さないことなどの事実が一応窺われるところ、申請人らの反対理由も概ね右のような点に存する。

これらの事情によれば、省エネ小型経営方針といっても、純然たる経営方針の問題に尽きるものではなく、他面において、労働条件の軽視し得ない変更という事態に密接に関連する虞れのあることは否定し難いところであるから、この点から申請人らが小型経営方針に反対の意見を有するに至ったとしても強ち理由のないことではない。

これに対し、会社は、省エネ小型経営方針は、国家的課題或いは公共的要請によるものであって、タクシー業界の命運を左右する課題であるから、企業秩序維持の見地から、適法に前記のような業務命令を発出しうると主張する。

この点で、問題とすべきは、会社の或る経営方針について、従業員は、賛成し、反対しない義務、これらのことを意に反しても表明する義務を負うかどうかである。

会社は、その形式的根拠として、個々の従業員は、労働契約の附随的義務として、会社に対して忠実義務を負担すると主張し、右忠実義務の内容には、このような義務も含まれる旨主張する。

忠実義務をどのように理解すべきかは、議論の存するところであるが、結論的に言えば、少なくとも、会社の或る経営方針に賛成の意見を持つべき義務、これに反対しない義務、又は、これらのことを意に反して表明すべき義務などというものは肯定することができないというべきである。

これを申請人ら主張のように、ファッショ的と評すべきかはともかく、忠実義務を認めるにしても、その内容は、民法第九〇条の定める公序良俗を基準に解釈されるべきであるところ、憲法の保障する思想・信条の自由、表現の自由の規定の趣旨は、公序良俗の内容をなしていると考えられ、私人間においても、精神的自由は、特に実質的な支障のない限りなるべく広範囲に保障されるべきだからである。

忠実義務が、会社主張のような内容をも有するとすれば、このように理解されるところの公序良俗に反し、ひいては、憲法の右保障の精神にも悖るものと言わざるを得ない。

又、会社は、組合が省エネ小型経営に賛成の立場をとることを決定し、かつ、同労働組合と会社とが右経営方針を積極的に推進する旨の協定を締結していることも右義務の生ずべき根拠としている。

しかし、このような決定、協定が存在するからといって、個々の従業員が会社に対して、当然に、その経営方針について前記のような義務を負担すべきものとは解されない。

そうすると、会社の前記業務命令は、労働契約上、申請人らが負担することのない義務を前提に、その履行を目的に発出されたものとして、その前提を欠き、効力を生じないから、かかる業務命令違反を懲戒事由とすることも、又できないと言うほかない。

4 以上の次第であるから本件処分は、懲戒事由が存在しないか、又は、無効な業務命令違反を理由とするものであって、違法であり、無効である。

5 そうすると、申請人らは、いずれも本件処分後、その解除に至るまで有効に本務運転手の地位を有していたものということができ、会社が右の期間、申請人らの本務運転手としての労務の提供を拒否したことは疎明資料によって一応認められるから、右は、会社の責に基く履行不能であり、申請人らは右期間中の賃金請求権を失わない。

(賃金)

疎明資料によれば、申請人らが会社から、昭和五七年三月から五月までの三か月間に支払いを受けた賃金額は次のとおりである。

(申請人定塚)

三月 二九万四五七五円

四月 三三万〇八九五円

五月 三三万九〇八九円

平均 三二万一五一九円

(同砂川)

三月 二五万四六六二円

四月 二七万六九五一円

五月 二二万〇四七〇円

平均 二五万〇六九四円

(同高橋)

三月 二七万八八八二円

四月 二四万〇一〇四円

五月 二〇万四五五五円

平均 二四万一一八〇円

右によれば、申請人らが、会社から支払いを受けるべき一か月当りの賃金額は、右平均額と認めるのが相当である。

そして、疎明資料によれば、申請人らは、六月分賃金を次のとおり支払いを受けているので残額の賃金の支払いを受けるべきである。

申請人定塚 一八万九二一五円

残額 一三万二三〇四円

同砂川 二一万三六一〇円

残額 三万七〇八四円

同高橋 二四万四〇三六円

残額 〇円

申請人らが、七月から一〇月まで、会社から支払われるべきであった賃金額は、右一月当りの賃金に、四を乗じた額であり次のとおりである。

申請人定塚 一二八万六〇七六円

同砂川 一〇〇万二七七六円

同高橋 九六万四七二〇円

以上、未払賃金額の合計は、次のとおりである。

申請人定塚 一四一万八三八〇円

同砂川 一〇三万九八六〇円

同高橋 九六万四七二〇円

(必要性)

会社は、本件処分は、申請人らの生活保障を考えて、下車勤処分の後、代務運転手への降等処分にしたものであり、代務運転手としての労務の提供をすれば、会社は、右提供を受入れ、申請人らは、月額各二〇万円以上の賃金を得られるのに、自らこの途を鎖し、保全の必要性を捻出しているが、このようにして生じた損害は、申請人らが自ら招いた損害というべきであるから必要性は認められないと主張する。

しかしながら、本件処分が無効であることは前記のとおりであるから、申請人らは会社に対して代務運転手として乗務すべき義務を負うことは有り得ないので、申請人らが右降等処分に一応服した上でその効力を争うかどうかは、申請人らの選択の範囲内にあるというべきであるから、これを目して、自ら招いた損害ということはできないと考える。

そして、疎明資料によれば、申請人定塚の妻は、手取り四万円余りの、同高橋の妻は、同じく五万円余りの月収を得ていること、申請人らは、現在では、本件処分を解除され、毎月三〇万円前後の収入が確保されていること等の事実が一応認められるが、他方、申請人らは、いずれも、会社から支払われる賃金を唯一の生活の資とする労働者であって、他に格別の資産をもたないこと、申請人定塚は、妻と子供三人(長男中学校一年生、二・三男ともに小学校六年生)の家族構成で、毎月の生計費は三七万円余りであること、同砂川は、独身ではあるが、病気入院中の老父をかかえており、毎月の生計費は、二七万円余りであること、同高橋は、妻と子供二人(長女中学校一年生、次女小学校五年生)の家族構成で、毎月の生計費は、二九万円余りであること、そのため、本件処分により、生計維持等の資金として、同定塚は、一一五万円余りの、同砂川は、六一万円余りの、同高橋は、九四万円余りの借財をしていること、申請人らは、労資利益分配制度の下に、本務運転手として勤務するもので一時金の支払いを受ける立場にないこと等の事実が一応認められるので、これらの事実を総合して考察すれば、未払賃金全額について仮払いの必要性を認めるのが相当である。

三  結論

以上の次第であるから、申請人らの本件仮処分申請は、主文第一項掲記の限度で理由があるので保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 平井治彦)

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